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TALKING HEADS/Naked



Naked




トーキング・ヘッズについては、(もちろん肯定的な意味で)書きたいことが山ほどある。
“音楽”に対してジャンルの枠を超えた吸収力を持っていた彼ら(というよりもデヴィッド・バーンだけど)は、それだけ重要な存在だということだ。


ただヘッズを語る場合、当然ながら引き合いに出されるのは最高傑作の『リメイン・イン・ライト』までなんじゃないかと思う。
それは絶対的な事実であり、否定する気もまったくない。



サイコ・キラー ‘77<紙ジャケットSHM-CD>


モア・ソングズ<紙ジャケットSHM-CD>


フィア・オブ・ミュージック<紙ジャケットSHM-CD>


リメイン・イン・ライト<紙ジャケットSHM-CD>





でも反面で主張したいのは、このバンドが、ほとんど理想的なかたちで完結したということ。
つまり「ヘッズは『リメイン・イン・ライト』まで」みたいな極論が多いのも事実だけれど、実は最終作までがバンドとしてのストーリーになっているのだ。



最終作の『ネイキッド』を聴くと、そのあたりがよくわかる。
とはいえ僕自身、当時はこのアルバムをそれほど熱心に聴いたわけではなかった。
やはり、「『リメイン・イン・ライト』まで」幻想に捕われている部分があったから。



でも時を経て接してみると、完成度の高さに改めて気づかされる。
ニュー・ウェイヴ、ファンク、アフリカン、カリビアンと様々な音楽を通過してきた彼らの終着点としての意味合いがとても大きく、だから説得力があるのだ。



なんだか理屈っぽくなっちゃったけれど、そんなこと以前にひとつひとつの楽曲がとても心地よい。
前半が明るめで後半が暗めだが、どちらにも肯定的な要素が備わっている。
最終的に、それだけで充分だという気がしている。



ともあれ理屈はともかく、『ネイキッド』はいまこそ再評価されるべきアルバム。









追記:ヘッズの他の作品についても、おいおい書いていきたいと思っているよ。
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