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いまさらイージー・Eのはなし

10年ぶりぐらいで、イージー・Eの1993年作『It's On(Dr.Dre)187um Killa)』を聴きました。
特に意味はありません。


印南敦史の武蔵野日記


垢抜けないルックス、素行の悪さ、HIV合併症による死など、この人がプラス方向で語られることははほとんどありません。
たしかに同じN.W.A.出身のドクター・ドレーと比較すれば、才能ははるかに見劣りするし。


けどね、僕は彼の作品ってそれほど嫌いじゃないんだ。
そりゃちっとも斬新じゃないけど、“垢抜けなさ”が“ダサかっこよさ”につながっている気がして。


真骨頂はこの曲ですよ。




このイナタい(死後だね)グルーヴって、妙にクセになるんだよなぁ。



それに彼は意識的だったか否かはともかくとしても、自分自身をギャグとして成立させられてはいた。
少なくとも、ギャグにもなりゃしない内田裕也よりはずっとマシ。



そうそうギャグといえば、このアルバムってインナースリーヴがおもしろいんですよ。

印南敦史の武蔵野日記

宿敵ドクター・ドレーがワールド・クラス・レッキン・クルーの一員としてアイドルっぽいことしてた時代の写真をわざわざ引っぱり出してきて、さんざんコケにしてるわけです。


アップ。

印南敦史の武蔵野日記

引き出し線で「アイシャドー」とか「アイライナー」とか「リップスティック」とか「本人にも似たフェイクの歯」とか、細かいところまでツッコミまくり。


この執着心、アホですな。


けど、そのアホさも含めてエンタテイナーではあったかなと思うわけです。



そういえばイージー・Eが死んだとき、某音楽専門誌に彼についてのエッセイを書いたことがある。

「高校時代に“ヤス・E”という番長格の男がいて、自分はそいつにいじめられ、パンツ脱がされて下半身に筆で絵を描かれたりした。中退した数年後に再会したとき、やつは八王子のラーメン屋店主となっていて、こともあろうに流行りのあぶらーめんで勝負をかけていた。他人のふんどしで相撲をとろうという安っぽさこそがヤス・Eだと思った。そしてそのあり方はイージー・Eにも似ていた」


みたいな。
そしたら当時、知り合いの女の子からいわれたんです。


「印南さんって、意外な過去があったんですね」


ちょ、ちょっと待ったッ!
文末に「全部作り話だ」って書いてあったじゃん。そこだけ見てないわけ?


と、意外にシャレのきかない人は多いものだなと思ったものです。



ここまで書いて思い出したんだけど、今月の26日は彼の命日だそうですよ。
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