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ブルヤス(Brooklyn Yas)くんと10数年ぶりの再会

奇跡のツールことツイッターで10数年ぶりに再会したブルヤスことブルックリン・ヤスくんと、10数年ぶりで再会しました。




$印南敦史の武蔵野日記

90年代初頭のニューヨーク・ブルックリンで、ヒップホップのリアリティを体現してきた男。
当時、ノトーリアスB.I.G.の子分であるジュニア・マフィアに追いかけられたというまじリアルな経験を持っています。




Conspiracy/Junior MAFIA


ジュニア・マフィアはノトーリアスB.I.G.の口添えでデビューしましたが、実態はギャングだったわけで。
そんなところがNYリアル。





ちなみに帰国後、日本語ラップの金字塔というべきランプ・アイ「証言」を仕掛けたのも彼。






そればかりか、国内ヒップホップ・シーンを語るうえで避けられないレーベル、「フューチャー・ショック」を立ち上げた人でもあります。





一方で僕は90年代後半、メジャーとアンダーグラウンドとの狭間で迷走する国内ヒップホップ・シーンと折り合うことがとても辛くなり、あえて距離を置いていました。

だからそれ以来、僕はもう日本語ラップを語る資格がないとすら思っていた。




でもブルヤスくんと話していたら、「俺ってこんなこと考えてたのか」と改めて思わされるような自分の本音がバンバン出てきて、インド人もビックリした。




たとえば、こんな感じ。



「正直俺、あのころは当時のヒップホップの閉鎖性に耐え切れなくて、『ヒップホップを嫌いになりたい』と思ってた。でも、嫌いになれないんだよね」



ブルヤスくんが「すごくわかります」と言ってくれたから、すごく救われた気がしたな。
あーでも、なに書いてるかわからなくなってきた(酔ってますんで)。


ともあれ、ひとつだけ実感したことがあるわけです。
もうこれ以上自分にヒップホップを語る資格はないと思いながら10年を過ごしてきたけれど、そこまででもないかなと。




なにができるかわからないけれど、できることを今後は模索していきたいと思います。




空からの力/キングギドラ


あの時代を象徴する一枚。



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