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2010年11月30日(火)


午前中に目黒で用事があったので、幼稚園に娘を預けてきた妻と外出。
用事をすませたあと、休館中の庭園美術館脇の「cafe 茶洒 kanetanaka」でランチ。




$印南敦史の武蔵野日記




ここは「金田中」という料亭が手がけているお店だそうで、ちょっとおいしいんですよね。
お昼の目黒のお楽しみ。




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久しぶりに妻とゆっくり過ごすこともでき、満足でした。
隣のミュージアム・ショップはクリスマス・モード。




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なんか、妙に気になったのはこれだ。

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ともあれ、なかなかいい時間でした。
リフレッシュできたし、「さあ、午後は仕事だ!」と意気揚々と帰宅。




そしたら、飛び込んできたのは、数ヶ月前からすい臓がんで苦しんでいた叔父の死の知らせ。
母によれば、13時ごろにひとりで亡くなったのだとか。
ということは、僕が目黒での時間を楽しんでいたころかもしれない。
ものすごく心が痛みました。



母の弟で、ドラマや映画の製作をしていた人。
ずっとイサオちゃんと呼んでいました。
僕が小学校低学年のころは『太陽にほえろ』の助監督をしていて、「太陽B班のY原ですけど」とか電話で話す姿を見て、かっこいいなあと思ったりしていました。



ただ、ものすごく近い存在だっただけに、申し訳ないこともたくさんしてきて。
荒れていた10代のころには、兄貴ぶる態度が気に食わず、罵声を浴びせかけ傷つけてしまったり。
のちに頭を下げて謝ったけれど、ずっとそれが気になっていた。
だからこの先も、何度でも謝ろうと思っていた。
でも、もうそれもできなくなってしまったわけで。



享年65。
どう考えても若すぎますよね。



ツイッターにも書いたとおり、自分の気持ちをいまだに言語化できないんだけど、いろんなことが頭を駆け巡っています。




ひとつ思ったのは、僕もあと17年でその年になってしまうということ。
うまく言えないんだけど、いつか来るその日までに、ひとつでも多くのことをしておこうと感じました。



イサオちゃん、どうか安らかに。
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