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昨日の日記を


今朝になって読み返し、われながら痛々しい気分。
いかにも悶々としているね。





$印南敦史の武蔵野日記
これは悶々、いや、モンモンモン……(古いし、意味わからん)。






削除しようかと迷ったけど、これもまたリアルな「ギリギリ感」だからいいいか。
記録ということで残しておこう。



目に余るみっともない発言は削除しましたけど。
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昨日のリアクションについて

昨日アップした「印南敦史のギリギリ日記」に対し、コメントやらメールやら、ちょっとビックリするぐらいの反響をいただいた。




ありがたいナリヨ。




ただ、少しだけ困惑してもいる。



「印南さんの意見は正しい」とか「応援してます」とか、そのテのメッセージばかりだったので、ものすごくありがたいと思っている。
感謝しなくてはいけないと思っている。



が、僕は自分の主張を正論として認めてもらいたくて、ああいう文章を書いたというわけではないのだ。
それどころか伝えたかったのは、「みなさんの目から見たら悠々自適に映るのかもしれないけど、全然そんなことないんですぜ」ってこと。



でも結果的には「印南に共感!」みたいな意見が多くて。
けど残念ながら、それほど大層な人間ではないです。



謙遜ではない。
そういうご意見に心から感謝しているのだけれど、本当に大した人間じゃない。



昨日書いたように業界人だけで群れるようなノリは死んでも嫌だが、とはいっても「本音さえ書ければ食えなくたって気にならない」とは絶対に思えないから。




そんな余裕はないし、それはそれで違うと思うから。




ぶっちゃけ、それほどかっこいい人間じゃないです。
いい音楽を広く伝えるために尽力したいが、だけど究極的には「自分の家族が今日食べられること」の方が絶対的に大事だ。
ただ、だからといって嘘はつきたくない。

だから、そういう次元で悶々としている。
それだけの話かも。

印南敦史はちっとも大丈夫ではない

「印南さんは、もう大丈夫じゃないですか?」

 そんなことを、何人かの業界人にいわれたことがある。
 「印南程度のキャリア」があれば、現在はもとより将来的にも食うに困らないであろうという意味だ。
 しばらく本も出していないのだからおかしな話なのだが、人は過去にやってきたことでしか僕を評価してくれない。

 というか実際のところ、過去にやってきたことで儲けた経験もない。のだが、人はそういう目で見るものなのだ。十数年来、実感している。
 それが嫌だということではなく、現実なのだ。否定したってなにも変わらないし、受け入れる以外にない。
 だからきっと、彼らのなかでの僕は「好きなことだけをして、食うに困らず悩みもなく、ひたすら心地よく生きている人間」なのかもしれない。

 でもさ、考えてみてくださいよ。そんな人、いると思います?

 いや、いるところにはいるんだけどね(なんだよその展開?)。
 先日もあるラッパーとその話になったのだけど、現実的には働かなくても生きていけるような人たちが、この世界にもたくさん存在しているのだ。

 理不尽ですね。

 ただ、少なくとも僕は、残念ながらその部類では全然ない。それどころか、経済的にはとんでもない状況に立たされている。まぁいまの世のなか、同じような境遇にいる人はたくさんいらっしゃるのだだから、「俺、不幸! わかって!」なーんて訴える気もないのだけれど。
 ただ、それは事実。



 ちなみにこの世界、相手の顔色を伺いながらおべっかを使う人間がたくさんいる。信じられないかもしれないけれど、あなたが好きなあの人がそういうタイプであるという現実を、嫌というほど見てきた。

 僕はサラリーマン的な世界に溶け込めなくてこの世界でのフリーを目指したのだけれど、飛び込んでみたら、サラリーマンの人たちよりもサラリーマン的な人が多い世界だった。という書き方をするとサラリーマンの方々に失礼な印象を与えてしまうかもしれないが、そういう意味ではない。

 すごくステレオタイプな、「サラリーマン=歯車」みたいな図式があるじゃないですか。個人的には必ずしもそうではないと思っているし、実際、プライベートで知り合った多くのサラリーマンの人たちの方が、僕が見てきた業界人よりもずっと芯が通っていた。しかしそんな方々よりも、「業界人ヅラしてるくせに、自分に都合のいい人たちにだけおべっかを使っている人ら」がとても多いのだ。それが不快。

 自分の言葉で語っているふりをして、実は(社会的出世のために)他人の目を気にしている。

 だから僕はいつしか、業界人の馴れ合いみたいな場所は避けるようになっていた。そんなこともあり、業界的には“距離感のある奴”と見られているのかもしれない。

 だけど、それでも僕はそういう輩とは群れたくない。
 単純にきもちわるい。
 「気持ち悪い」のではなく、「きもちわるい」感じ(わかりにくいニュアンスですね)。
 というか、そもそも“群れる”という発想がわからない。

 なにかに期待して(というか、なにかに恐れて)業界人で群がってるよりも、(有名人であれ無名人であれ)なんとなく気の合いそうな人たちと「鳥もと」で乾杯してる方がずっと性に合ってる。



 だからこそ今後も、“業界的に(もみ手で)うまくやってく”ようなスタンスでいくことは僕には難しいのかもしれない。だからこそ今後も、ドカーンと儲けることは難しいのかもしれない。

 ただ残念ながら、これしかできないんだよね。
 経済的に楽にはなりたいけど(小さい子がいるし、もっのすごく切実!)、でもスタンスとしてはこれでいいとも思っているし。



 毎朝毎朝、不安感のなかで目がさめる。
 そんな状態が、2年近く続いている。
 毎朝毎朝、俺はそのうち発狂するのではないかと本気で考えている。

 けれど、それでも自分流にしか生きられないのだ。
 とか言ってるわりに、生き方がわからないしな。
 これが48歳の現実か。
 不器用でしょうよ。
 でも、否定のしようがない。

 そんな生き方が、果たして吉と出るか凶と出るか。
 凶にするものか!



 これまでこのブログでは、まじめなことは書かないつもりだった。
 なんだかそれって、かっこ悪い気がしてたから。

 でも、信頼している編集者の助言が響いたこともあり、バカネタ中心の「脱力的日常」とは別に、「印南敦史のギリギリ日記」というテーマを加えることにした。

 だから今後はこのテーマで、ちょこちょこエッセイを書いていこうと思っている。
 ここでは、本音しか書かないつもり。
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