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たのしい昼飲み

何年か前に仕事でご一緒して知り合ったAさん。
当時はシンガーソングライターの高田みち子さんのご担当だったのですが、とてもよくしてくださったので、ずっと記憶に残っていました。





TOKYO GIRLS TALKTOKYO GIRLS TALK
(2008/02/20)
高田みち子

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ちなみにこれも、Aさんの仕事だったのだそうです。




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THE GOLDSINGERTHE GOLDSINGER
(1999/08/21)
郷ひろみ

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このアート・ディレクション、最高ですね。わかってらっしゃる。








ともあれ、そんなAさんとフェイスブックで数年ぶりにやりとりをし、奇跡の再会を果たしたのがほんのひと月前のこと。
あまりにも楽しかったから勢いで「今度、遊びに行きたいすー!」などと安易に口走ってしまったのですが、それが本当に実現!
昨日ご自宅に伺って、奥様も交えた昼飲みをしてきました。




ところで初対面の奥様、ご挨拶をしたらしげしげとこちらを見ており。
そして、ぽつりとひとこと。
「ツイッターに出てる娘さんが描いた似顔絵、ソックリですね」




って、いきなりそれかーい!(笑)




          ↓




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それにしてもご夫婦ともに気負ったところがなく、とても楽しい飲みでした。
料理もすべておいしかった。
ごちそうさまでした。








ところでディスコの話題になった際、奥様がものすごいブツを出してきたのだった。




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こ、これは……懐かしの新宿「ツバキハウス」、そして六本木「玉椿」の入場カードではないか!
このデザイン、はっきりおぼえてる。僕も持ってた。








これでまた勢いがつき、気がつけば日のあるうちからかなり飲んだくれてしまいました。
ありがとうございました。
話に出た「ソウル・バーめぐり」、ぜひ実現の方向で!
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どうで死ぬ身の道産子ソウルの会

数年前にブログで知り合った札幌の1-SHOWくんのお誘いで、昨晩は渋谷「もりげん」で開催された「道産子ソウルの会」に出席させていただきました。






1%も道産子じゃないのに。






プロのシンガーから大手企業のビジネスマンまで、職種は違えどソウルでつながった人脈による男祭り。最高でしたよ。






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会話のなかで出た「ためになりそうな言葉」を、律儀にメモする1-SHOW。
嫁募集中。
学習塾管理職、ファンク好き、ただし萌え系も好き。











んでその後、なぜか(というか、よくおぼえてない)下北沢に移動しようということになり、ソウル・バー「Little Sou Cafe」へ。





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人間ジュークボックスと化し、ひたすらリクエストしまくっていた記憶がありますよ(ヒンシュクだなそりゃ)。










散会後、地元の荻窪でラーメンを食べようと思いつきました。
「まずい」、「味がしない」という低評価しか聞いたことのないラーメン屋があるので、酔った勢いで確かめに行ってみようと(いやな客だ)。





だけどぶっちゃけ、「まずいラーメン」ってそうそうあるものではないよね。
見てのとおり、おいしそうだったし。





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やっぱり、ネットの情報ってあてにならないんだな。











と、思いきや、このラーメンのスープ










本当に味がなかった。










そんなことが本当にあるんですね。
昔、ロンドンのカフェで食べたスパゲティ・ボロネーゼを思い出してしまいました(ソースが真っ赤なのに味なし)。










で、結果的には半分以上を残すことに(ダイエット的にはよかった……って、そもそも時間が)。










むぅ……「食べログ」とか信用できないと思ってたけど、そうとも言い切れないんだな。
いろいろ勉強になりました。










ところでそんなことより、ひと晩明けて気になったことがあります。











つまり、












渋谷で散会し、井の頭線で吉祥寺まで行ったのだが、電車に乗っていたはずの、その約20分間の記憶だけが抜けている。











ま、よくあるよね(ねーよ)。










今日一日、そのことをずっと考えていたのですが、立っていたのか座っていたのか思い出せません。
ただひとつだけ、思い出したこと。






どうで死ぬ身の一踊り (講談社文庫)どうで死ぬ身の一踊り (講談社文庫)
(2009/01/15)
西村 賢太

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西村賢太の「どうで死ぬ身の一踊り」を読んでいた。










立ってたか座ってたかも思い出せないくせに、なぜだかそこだけ覚えているという奇跡。










って、1%も奇跡じゃないんですけど。

震災から一ヶ月と一日

今日も相変わらず、延々と続く嫌な気持ちを拭うことができなかった。
そして、いろいろなことを考えた。




大怪我をして20日間も意識不明になったとか、火事で家を失って住む場所がなくなったとか、僕の家は「普通の家族が経験しなくてもいいこと」をいくつか通りすぎてきた。




結果的にはそのひとつひとつを「あのときは大変だったね」と笑って話せるようになったわけだから、それはそれでよかったのかもしれない。




で、そういう経験をしてきたからこそ言えることがある。





どんなに辛いことがあったとしても、大切なのは「それ以降」だということ。
だから、この子にも乗り越えてほしいと思う。




あの日以来、この4歳の子のことが頭から離れないのだ。









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岩手県宮古市の昆愛海(こんまなみ)ちゃん(4)が22日午後、「ママに手紙を書く」と言い出した。親戚の家のこたつの上にノートを広げ、色鉛筆を持つ。一文字一文字、1時間近くかけて書いた。「ままへ。いきているといいね おげんきですか」。そこまで書いて疲れたのか、すやすやと寝入った=写真、立石紀和撮影=。両親と妹は11日の東日本巨大地震による津波にさらわれ、今も見つかっていない。









ネットで知ったんだけど、読売新聞に掲載されたんだそうです。
うちにも5歳の娘がいるから、まったく他人事と思えなくて。




なにを書きたいんだか自分でもまったくわからないという情けない状態なんだけど、今回の震災は、たぶんこういう子たちをたくさん生んでしまったんだと思う。




それがたまらないんだけど、だからこそ、乗り越えてほしいなと思う。
それだけ。




経験値から「がんばって」とか平気で口に出せる人は「がんばるということの意味」がわかっていないと断言できるので、それは絶対に言いたくない。




ただ、乗り越えてほしいとは本当に思うんだよなぁ……。
それしか言えないし。




ああもうなんだか、脈絡なさすぎですみません。

4.10原発やめろデモ!!!!!!!!!

今日は投票を終えてから、ふらふら〜っと引き寄せられるように高円寺に向かいました。
「素人の乱」というリサイクル屋さんが主催する、「4.10原発やめろデモ!!!!!!!!!」が気になって仕方なかったからです。





とはいえ僕はデモというものに参加した経験がないし、その必然性を感じたこともありませんでした。
むしろ、「そんなこと、意味あんの?」くらいの気持ちでした。
だけど、なぜかこれは見てみなくてはいけないような気がしたんです。
「別に行かなくてもいんじゃね?」みたいな気持ちも30%ぐらいはあったので、見に行くに際しては「ちょっと見てすぐ帰ろう」というくらいの意識だったんですけどね。正直、それは否定できません。





でも、実際に足を運んでみたら、「これは参加しなきゃいけない」と考えが激変しました。
うまく言えないんだけど、それはあの場にいた人にしかわからない感覚だと思います。





若い恋人同士、赤ちゃんのいる家族連れ、お年寄り……驚くくらい様々な人が集まっていました。
みんな同じ気持ちなんだなということが、嫌というほどわかりました。
だから、僕も一員にならなければならないと思ったわけです。





残念だったのは、最後までいられなかったということ。
デモに参加しようというなら、それは最悪の選択ですな。
ただ仕事が残っていたので、仕方がなかったんです。
だから戻ってからは仕事をしながらUSTREAMで、その後の状況をチェックしていました。
悔しかったな。





でも、途中までだったとしても参加してみてよかった。
デモという行為の意味を、初めて実感しました。
みなさん、お疲れさまでした。





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いまこそ「鈍感力」を持とう

全員が集まった夕食時、ずっと気になっていたことを家族に伝えた。福島第一原発事故にまつわる、自分自身の気持ちだ。





ずいぶん時間が経ってしまったのだけど、自分がそのことについてどう考えているのか、あるいはどう伝えたらいいのかを整理し切れないでいたのだ。でも、ようやく漠然と気持ちに整理がついてきたので、遅ればせながら話をした次第。





話したのは、こういうことだ。





原発事故はこちらの予想を越えたレベルにあると思う。我々は今後、いままで以上に原発とは異なる代替発電について考える必要がある。それは、未来への答えになると思う。

とはいえ、目の前にある現実は生々しすぎる。あくまで極論だが、もしかしたら今後は、家を捨てて海外へ移住するくらいの気持ちを持っておくことは必要なのかもしれない。

ただしそれはあくまで極論であり、もっと大切なことがある。






忘れないでおいてほしいのは、恐ろしいくらいの現実を認めたうえで、あえて「鈍感」でいてほしいということだ。







いまほど「鈍感力」がものをいう時期はない。それは、現実逃避とはまったく意味が違う。
現実を受け止めたうえで鈍感でいるということは、大きな力以外のなにものでもないからだ。恐いのはお互い様だけど、あえて鈍感を決め込んで楽観的に現実と向き合えば、必ず結果につながる。だから、バカと言われようが、目の前にある現実と、その先にある未来を信じてほしい。





逆に、危惧しているのは暴走しすぎる情報だ。たとえばツイッターを見ていて僕がなにより危惧するのは、(おもに文化人による)危機感や不安感を煽りまくるツイートだ。





何度も言うように僕は絶対的に反原発派だが、だからといって「メディアが取り上げない現実」や「必ず訪れる危機についての考察」や「数年以内に終わる日本についての根拠」を声高に主張することは、必ずしもいい効果をもたらさないと思っている。なぜなら、それは大きなリスクしか生み出さないからだ。





つまりそれは多くの人の心のなかに、いいようのない不安感や絶望感を植えつける効果しかもたらさない。そしてそれは果たして、原発よりも恐ろしい効果を人々にもたらすと思えてならない。





なぜなら、いまある現実は、どうあがいたところで覆すことはできないからだ。日本は明日終わるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。けれどそんなことは、頭のいい人たちに言われなくたって、みんなとっくにわかっていることなのだ。





なので思うのだが、「もう日本はだめです」、「終わります」と主張することになんの意味があるのだろう?










言われなくても、みんなわかっているよ。










でも、そんなことより大切なのは、目を背けたくなる現状を踏まえ(あるいは、現実を知らない人にはあえて教えず)、「原発撤廃を踏まえたよりよい復興」の実現を目指すことなのではないだろうか。





僕はそう思うし、だとしたらヒステリックに「危ない危ない終わりだ終わりだ」と煽りまくる論調はマイナスにしか作用しないと感じる。





だからこそ、(繰り返すけど現実を受け止めたうえで)鈍感をキメ込むことが重要だと思うのだ。それが現時点での知性だと思う。(脱原発という)目的は同じなのだから、鈍感なふりをして現状を変えていけばいい。そうすれば、やがて未来は僕らに対して答を提示してくれる。逆にいえば、ヒステリックなアプローチはマイナスの結果につながるだけだ。










なので、鈍感に前を向こう。
家族にも、それを伝えたかった。










結果、みんながわかってくれたので安心した。というか息子からは、「その話を待っていたし、もっと早く言ってほしかった」と言われた。





そうだよな。でも俺も、どう伝えたらいいのかわからなかったんだ。
しかし、もう大丈夫だ。これからは「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる」を信じていこう。
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